認知症ケアで最も大切なこと
認知症の利用者を担当すると、多くの介護職員が「どう声をかければいいのか」「同じ話を何度もされて疲れる」「介護拒否にどう対応するか」といった悩みを抱えます。
認知症ケアの正解は一つではありません。しかし、世界中で広く実践されている「パーソンセンタード・ケア」という基本理念を知っているかどうかで、ケアの質は劇的に変わります。本記事では、認知症ケアの基本となる5つの原則と、現場で明日から使える実践例を解説します。
このページでわかること
- パーソンセンタード・ケアとは何か
- 認知症ケアの5つの基本原則
- 介護拒否・徘徊・暴言への対応のコツ
- 認知症の方が安心できる環境づくり
パーソンセンタード・ケアとは
パーソンセンタード・ケア(Person-Centered Care)は、イギリスの心理学者トム・キットウッド氏が1990年代に提唱した認知症ケアの理念です。「認知症の方を 病気を持った一人の人間として尊重し、その人らしさを大切にする ケア」を意味します。
従来の認知症ケアは「問題行動を抑える」「介護しやすくする」という介護者側の視点が中心でした。これに対しパーソンセンタード・ケアは、認知症の方の視点・感情・人生背景を理解した上でケアを組み立てるという発想の転換です。
トム・キットウッドは、認知症の方が持つ5つの心理的ニーズを示しました:
1. くつろぎ(comfort)
2. アイデンティティ(identity)
3. 愛着・結びつき(attachment)
4. 携わること(occupation)
5. 共にあること(inclusion)
これらが満たされていれば、認知症の方は穏やかに過ごせる。逆にこれらが奪われると、不安や混乱が増加し、いわゆる「BPSD(行動・心理症状)」が悪化します。
認知症ケアの5つの基本原則
パーソンセンタード・ケアを介護現場で実践するための、5つの具体的な原則を解説します。
原則①:相手のペースに合わせる
認知症の方は、情報処理に時間がかかります。質問してから答えるまでに10秒以上かかることも珍しくありません。
NG対応:「早くしてください」「もう一度言いますよ」と急かす
OK対応:相手が言葉を探す時間を沈黙して待つ。返事を促す前に、ゆっくり一呼吸置く
実は、「待つ」だけで認知症の方の落ち着きが大きく変わります。
原則②:否定しない・訂正しない
「もう食べましたよ」「それは違いますよ」と訂正する場面、ありませんか?認知症の方にとって、訂正は 「自分を否定された」というつらい記憶 として残ります(出来事は忘れても、感情は残ります)。
NG対応:「さっき食事しましたよね?」と事実を突きつける
OK対応:「お腹空きましたね、おやつでも食べましょうか」と気持ちに寄り添う
「事実」より「気持ち」を優先するのが認知症ケアの鉄則です。
原則③:その人の歴史・背景を知る
認知症ケアでは、その方の生活歴・職歴・家族構成・趣味・価値観を知ることが極めて重要です。アセスメントシートに記載するだけでなく、日々の会話の引き出しとして活用します。
例えば「元教師の方」には「先生、今日もよろしくお願いします」と声をかけるだけで、その方のアイデンティティが守られます。「農業をしていた方」には植物の話題を、「料理が得意だった方」にはレシピの話題を出すと、生き生きとした表情が戻ります。
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原則④:尊厳を守る言葉遣い・態度
介護の現場では、つい子供扱いした言葉遣いになることがあります。「〇〇ちゃん」呼び、「上手にできましたね」と褒める口調、赤ちゃん言葉。これらは認知症の方の 尊厳を傷つけ ます。
NG対応:「花子ちゃん、上手にお食事できましたね〜」
OK対応:「山田さん、今日のお食事はいかがでしたか?」
相手が80代でも、社会で活躍してきた大人として接します。
原則⑤:環境を整える
認知症の方にとって、環境は最大の薬と言われます。安心できる環境では症状が落ち着き、不穏な環境では混乱が悪化します。
ポイント:
- 照明は明るすぎず暗すぎず(夕暮れ症候群を防ぐため日没前から照明を点ける)
- 騒音を減らす(TV音、他利用者の声、職員の指示出しなど)
- 視覚的な手がかりを増やす(トイレに大きく「お手洗い」と表示する等)
- なじみの物・写真を身近に置く
困った場面別の対応のコツ
介護拒否への対応
「お風呂に入りたくない」「服を脱がない」といった介護拒否は、本人にとって「いま、それをしたくない・する理由がわからない」 という意思表示です。
対応のコツ:
- 一度引き下がる(無理強いしない)
- 時間をおいて、別の職員が誘ってみる
- 「お風呂」ではなく「気持ちよく温まりましょう」と表現を変える
- ご家族の言葉を借りる(「ご主人が温まってきてって言ってましたよ」)
徘徊(歩き回り)への対応
徘徊には必ず本人なりの理由があります。「家に帰りたい」「子供を迎えに行かなきゃ」「仕事に行かなきゃ」など、本人の中では切実な目的があります。
対応のコツ:
- 行動を制止せず、一緒に歩く
- 「どちらに行かれるんですか?」と話を聞く
- 落ち着いてきたら、お茶でも飲みませんかと自然に誘う
- 安全を確保した上で歩ける環境を整える(施設の場合は徘徊できる回廊など)
暴言・暴力への対応
認知症の方からの暴言・暴力は、多くの場合「不安・恐怖・痛み」の表現です。本人を責めるのではなく、原因を探ります。
対応のコツ:
- 一度その場を離れ、別の職員と交代する
- 痛みや不快がないか確認(おむつ・空腹・寒さ等)
- 直前の出来事を振り返る(驚かせた、急がせた、否定した等)
- 記録に残し、チームで対応方針を共有
まとめ:認知症ケアは「待つ」「聴く」「敬う」
認知症ケアは特別な技術ではなく、人間として当たり前の関わり方の延長線上にあります。
- 相手のペースを待つ
- 気持ちを否定しない
- その人の歴史を知る
- 尊厳を守る言葉を使う
- 環境を整える
この5つを意識するだけで、認知症の方の表情・行動が大きく変わります。介護職員の側も、認知症ケアが「楽しい」「やりがいがある」仕事に変わっていきます。
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